学校の授業が分かりやすいのは当たり前!これから求められる授業力は?

基礎学力育成部

1. はじめに

学校の先生は生徒の基礎学力を養うことはもちろんのこと、大学入試の合格できる知識・教養を身につけさせる必要があります。

教員・教師・先生は分かりやすい授業を展開するのは当然で、現代はそれ以上の授業力が求められます。

今回は現代で求められる授業力について考えていきましょう。

2. 分かりやすい授業は当たり前

誰しもが学校で教員・教師・先生の授業を受けてきていますが、そのときに自分にとって分かりやすい先生・分かりにくい先生がいたと感じたことでしょう。

私も生徒の立場だったときは同じことを感じていました。

しかし教える立場に立ったときに、自分が学生時代に「授業が分かりにくい」と教員・教師・先生のせいにしていましたが、よくよく考えると自分が基礎学力がないために発展問題を教わっても理解できないことに気づきました。

つまり教員・教師・先生にベクトルを向けるのでなく、まずは自分にベクトルを向けなければいけないと思ったのです。

とはいっても、今の生徒は自分でそれを気づくことが困難ですので、教員・教師・先生がどこから基礎学力を身につけさせるべきかを洗い出す必要があります。

私も担任をしていたときに、自分のクラスの生徒で授業についてこれない生徒がいましたので、教科を問わずどの単元から復習しなければいけないのかを、生徒と一緒に洗い出していきました。

例えば数学の場合、中学校で習う二次方程式が理解できない場合は、一次方程式から見直さなければいけません。

各教科担当者は、成績が伸び悩んでいる生徒をそのままにしてはいけないのは当然のことです。

分かりやすい授業は当たり前

教員・教師・先生が授業内容を分かりやすく教え伝えることは当然のことです。

私は社会科の教員ですので、難解語句について必ずかみくだいて解説します。

また私は生徒たちに「社会科は暗記することが多い教科だけれども、暗記することに徹するのではなく、しくみや流れを理解していく中で暗記するべきものは暗記しよう」と伝えています。

教員・教師・先生として、学習内容を理解させる授業が求められますが、それはあまりにも当たり前すぎることなのです。

意味のない定期試験はやめる

社会科は暗記科目と捉えられており、とにかく暗記さえすれば定期試験で点数がとれる教科という認識が強いです。

それはまったく生徒のためになっていない試験で、生徒は試験が受け終わると、試験を受ける前に蓄えた知識のほとんどが頭から消えています。

多くの学校で「中学生は知識・教養を詰め込まないといけない時期だから、社会科の定期試験は重要語句を問う問題を100問ほど出す」のが当たり前になっており、高校生の定期試験も2年生までは中学校の定期試験と同様に、重要語句を「書かせる」問題が中心です。

高校3年生になると、マーク式の問題を定期試験に導入した定期試験がみられるようになります。

重要語句を文脈をつかんで「書かせる」だけの定期試験に意味があるでしょうか。

生徒によっては定期試験で100問の出題があっても、単純に重要語句を答えさせる出題をしているがために50分の試験時間に対して、開始20分ほどで終わっている生徒がたくさんいるときがあります。

私は試験監督をしている立場上、試験中に寝ている生徒がいるときは、起きるよう促しますが、問題が解き終わって見直しも複数回しているのも分かっていますので、起こすのにも限界があるのです。

せっかく教員・教師・先生は分かりやすい授業をしているわけですから、思考力を問うような問題を出題しなければ、本当の生徒の理解力を図ることができませんし、教員・教師・先生が行なった授業の意味をなさなくなります。

3. これから求められる授業力とは??

先ほどお伝えしたように、教員・教師・先生は生徒に分かりやすい授業をするのは当たり前です。

分かりにくい授業を展開したり、生徒からの質問に答えられない教員・教師・先生は、生徒からの信頼度はガタ落ちでしょう。

教員・教師・先生は、教材に記載されている学習内容を網羅していることはもちろんのこと、それに関連する知識・教養・解釈をもつことも当たり前です。

ただこれからの授業で求められるのは、塾や予備校のように単に学習内容を分かりやすく教え伝えるだけの授業は、学校の役割に反しているといえます。

「なぜ?」を追求させる授業

小学生くらいまでは、疑問に感じたことはすぐに「なぜ?」と質問してきますが、それが中学生以上になると「授業中は喋らない」という授業スタイルへと変わるため、生徒たちは「なぜ?」と疑問をもつことすら忘れます。

これは非常に危険なことです。

人は常に「なぜ?」を追求しなければ、ものごとの本質をつかむことができません。

社会人も「なぜ?」を追求している人ほど、幅広い視野・知識・教養をもっており、それがアイデアを生み出すための引き出しとなるのです。

教員・教師・先生は、どうしても生徒たちに学習内容を伝えるために一方通行の授業(教員・教師・先生がひたすら話し、生徒は受け身の形で受ける授業)になりがちです。

これは今となっては昔ながらの授業スタイルで、今この授業を体制を続けていると、未来社会に生きる生徒のためにならない授業展開である認識をもたなければいけません。

分かりやすい授業がすべてではない

今は生徒に学習内容を伝えるような授業は古い授業スタイルです。

教材に書かれてある学習内容を生徒に身につけさせたいのであれば、学習アプリなどを使えば身につけてさせることができます。

学校では知識・教養を身につけさせるだけでなく、未来社会を生きるために必要な「考える力」「問いかける力」を養う必要があるのです。

つまり教員・教師・先生が学習内容を踏まえて、生徒がどう思い、どう感じ、どう考え、何を疑問に思っているのかを授業内で聞き出す授業展開が求められます。

そのためには、生徒に「もやもや感」や「ひっかかり」をもたせることで、「なぜ?」という思いを働かせることができます。

「なぜ?」という問いかけが出たときに、教員・教師・先生が安易に応えるのではなく、生徒同士で意見を出させながら、一緒に考えさせる取り組みも必要でしょう。

そして生徒たちに自分たちの意見・考えを自分たちでまとめさせるといいです。

ときおり教員・教師・先生は生徒からの質問を聞き、それに応えるための幅広い見解をもっておく必要があります。

これからは教員・教師・先生が主体となった一方通行の授業ではなく、生徒の活動をどんどん取り入れた授業展開が求められます。

「そんなことしたら生徒の収集がつかなくなるのでは…」と思った時点で、教員・教師・先生として成り立っていないでしょう。

なぜ教員・教師・先生になったのかを追求すれば、今回ご紹介した授業が求められていることがご理解いただけると思います。

4. まとめ

今回は現代で求められる授業力について考えていきました。

生徒が生きる未来社会は、今以上に「考える力」「問いかける力」が求められます。

そのような力を育成するために、従来の詰め込み式の授業スタイルでは生徒は育ちません。

授業を通じて、さまざまな疑問をもたせ、考えさせ、発言させる必要があるのです。

今回の記事を参考に、4月からの授業スタイルを構築されてはいかがでしょうか。

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